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Virus 3
2006/11/21(Tue)
 同じころ、中田は立ちつくしていた。
新宿駅東口、アルタ前。
若い男女が人待ち顔で、あるいはカップルで屯するような場所が総じて苦手である彼は、「回れ右」をしたくなるのを必死にこらえていた。
父は某有名私立大で法学研究室に身をおく研究者。母は中学教師という家庭に生まれた彼は名前を義(よし)仁(ひと)といい、今では警察官になっていた。そんな環境で育ったためか、渋谷でナンパに精をだす若者には理解できないであろう、ある種の妙な劣等感をもっていた。こういった場所で自分が周囲から浮きまくっているのではないかという不安。実際、長身で端正な顔立ちの彼は人目をひくものの、変なふうに浮くはずもないのだが、そういった劣等感が浮いているように思わせているとは、当の本人は露知らず、である。そのことを見抜いている年下の上司は彼のそんなところを妙に気に入ってしまったらしく、いつも中田をからかって遊んでいた。
 だからこう思ってしまうのである。
――絶対に、イジメだ。
 中田は水色の空を仰いだ。
 そうでなければ、この界隈を通らなくてはならない場所で待ち合わせる理由がない。
 距離にして二〇〇メートル弱といったところか。目的の喫茶店はすでに正面に捉えている。あと少し歩を進めればよい。たかがそれだけのことだが、その一歩を踏み出せずにいる自分がいた。
 しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。上司はこと時間には厳しいのだ。それに、長い間こんなところにつっ立っているのは阿呆のようではないか。これ以上、若者たちの好奇の視線には耐えられなかった。
「くそ」
ほとんど自棄になって、彼にとっては未開の地への一歩を踏み出した。重力六分の一の砂地を軽やかにステップしたアームストロング船長のそれとはかけ離れた、うつむき加減の異常に速い一歩ではあったが。
『Coffee Restaurant Agasa』の扉をカランと鳴らしたのは、その一分後のことであった。
 窓際のテーブルについていた上司が上機嫌に手を挙げたのがわかった。
 怒ってはいない。肩透かしを喰らった気分である。前に、この上司との待ち合わせに遅刻をした男が、さる田舎の交番にとばされたという噂を聞いていたので、怒鳴られるくらいの覚悟はしていたのだが。どうやら直立不動状態は自分で思っていたほど長くはなかったようだ。人間、ああいった緊張状態では実際よりも時間を長く感じるものなのだなと自分を納得させて上司に近寄った。
道路に面した大きめの窓から差し込む陽の光が、ともすれば冷たく感じられがちな黒を基調とした店内の調度をやさしく包み込み、ゆったりとした心地よさを演出していた。
「飯野警視、おまたせしました」
 飯野杏子――それが上司の名だ。
 中田の三期後輩にあたる彼女は、日本屈指の名門国立大を卒業した才媛で、当然のごとくキャリアである。現在(いま)は警視庁監察部管理官に納まってはいるが、いずれ刑事部長、ゆくゆくは警察庁長官にでもなるのだろうか。
しかし、あれだな。と、中田は思う。自分より三期下ということは二七才前後であるはずだ。だが、どうみてもそれより四、五歳は若く見える。こうして真正面で向かい合うとそれが際立つ。
「何?……何かついてる?」
中田の視線に気づいたらしく、彼女は訝しげに訊いてきた。
「いえ……」
 女性の顔は直視するものではないらしい。中田は今さらながらそのことを知った。言い訳が難しいのだ。
 と、今度は杏子のほうがまじまじと中田の顔を見つめていた。
 一瞬にして鼓動が速くなる。
 杏子は唇に紅をさす程度で、化粧っ気がほとんどない。だからよけいに幼く見られるのだが、化粧などの魔力を借りずとも美人なのである。
 そんな美人に見つめられて緊張するなというほうが無理な話だ。しかも、中田、なのである。女性経験など数えるほどしかなく、当然の反応だ。
 そんな中田ではあるが、向かい合う上司の目尻がひくついているのに気付くのにそう時間を要しなかった。よく見れば、涙まで浮かべている。
 何事かと思って、訊いてみようとやや身をのりだした瞬間、とうとう彼女は声をあげて笑いだした。
 曰く、
「中田クンたら、もー最高!いい味だしてるよ、キミぃ」
 自分は何かやらかしたのであろうか。膝の上で握った拳の内がじっとりと汗ばむのを感じる。
「中田クンって、普段、ポーカーフェイスっていうの?あんまし感情を表に出さないじゃない。それが、あの顔……。スゴイね、百面相」
 あの顔と言われて思いつくのは、先の直立不動状態からここまで歩いて来るまでの形相しかない。中田はとっさに理解した。杏子の機嫌がよかった理由(わけ)。涙の理由(りゆう)。彼女は傍の大窓からずっと観察して、ほくそ笑んでいたのである。
「警視、なんでこんなところに呼び出したのかわかりましたよ。ひどい。あんまりです」
 声が震えているのが自分でもわかる。
「こんなとこ、はないでしょう?」
 ねぇ?と、水をトレイにのせてきたウェイトレスに同意を求めつつ、杏子は中田が聞いたこともない言葉で二、三品注文した。
「中田クンもいいわね?」と訊いてきたが、
横文字の料理なぞ、とんと疎い中田としては不承不承頷くしかなかった。彼女もそんなことは百も承知で、一応了解を得ようとしただけであった。
「それに、こーゆー所じゃないとできない話もあるのよ」
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