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Virus 87
2008/02/11(Mon)
 それからナイフを押し込むようにすると、今度は柄の横から体重をかける。
一瞬、光が一筋、縦に走った。
「んっしょ」
 何をやっているか悟った宮崎は、ハイヒールを脱いで壁の割れ目に指をかける。
「せぇの」
 しかし、少女はきょとんとした瞳をこちらに向けて棒立ちしている。
「手伝うって言ってんの」
宮崎に言われて、少女も柄に手をかけた。
「せぇのっっ!」
掛け声をあげたのは宮崎ひとりだが、それでも呼吸が合った。
 今度はハッキリと割れ目から光が差し込んだ。
 宮崎は近くに落ちていたハイヒールを蹴って、素早く割れ目に滑り込ませる。
「考えたじゃない」
 少女が上目遣いに笑った。初めて見せた笑顔は、差し込む光に照らされて、少しというか、だいぶ生意気だった。
「生活の知恵よ」
 宮崎も口の端をあげて笑ってやった。
「たかが二十歳かそこらで」
 言うのが小学校高学年くらいの少女なのだから、おかしなものだ。
「いくよ!」
 宮崎がもう一度割れ目に指をかけ、少女も反対側で反対側で同じようにする。
「せぇのっ!」
 今日三回目の掛け声は、ふたりの声が重なった――。
 エレベーターの外に出て感じたのは、まず風だった。見ると、正面の総ガラス張りのエントランスが破られて、ホールの中に軽トラックが突っ込んでいる。
 背の高い観葉植物が倒れ、床にはガラスの破片やゴミが散乱していた。
 夕刻の緋色の光の中、世界が終わったように見えた。
 ふたりは破片を避けながら、慎重に軽トラックの横をすり抜ける。
「なにが、あったの?」
 ショッピングセンター『ASOBO』の外の惨状を目にして、宮崎は呟いた。
 車は横倒しになって無造作に放棄され、いたるところで黒煙があがっている。
 人が、いない――。
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